第4回を迎えた「光文社古典新訳文庫感想文コンクール」。今年も860通を上回るご応募をいただきました。第1回では中学生だった方が、高校生になった今年まで毎年応募してくださったりと、すっかり定着した感があり、主催者として大変うれしく思います。
厳正な1次審査、2次審査を通過したのは各部門10作品(大学生・一般部門は8作品)。11月15日に光文社で開催された最終審査で、5名の審査員が、議論を重ねて選考いたしました。文章、内容ともに素晴らしいと評価が一致した作品、新たな文学の読み方を模索するような作品、古典に対する思いに満ちた作品……。2時間にわたる討議の末、各部門で「最優秀賞」「優秀賞」「審査員特別賞」が選ばれました。さらに今年は「光文文化財団特別賞」を新設。毎年レベルの高い作品を送ってくださった高校生に贈られました。
詳しくは公式サイトをご覧ください。
【受賞の言葉】
高橋克彦(たかはし かつひこ)
私の暮らす東北を襲った三月十一日の大震災。それ以来、心の弾むことの少ない私にとって、まさに神様からの贈り物のごとく嬉しい授賞の知らせだった。
この賞の大きさはもちろん承知していて、と同時に自分には縁のない賞とも認識していたので、知らせを受けたときは驚きより、狐につままれた思いの方が強かった。なにしろ私は本格ミステリーから近頃だいぶ離れている。すべての物語を牽引するのは謎である、との信念は貫いているつもりで、自身はミステリー作家であり続けているという気持ちはあるが、私に対する大方の印象は歴史小説や時代小説の作家の方が強いに違いない。この賞を頂戴できる立場にないし、望めば笑われる。それが現実となった今、離れないのはミステリーに全身全霊で取り組んでいる多くの仲間たちへの申し訳なさである。本当に自分などでいいのだろうか。この賞の歴史に名を連ねている先輩方の紛れもない業績を思うにつけ、身が縮む思いだ。
こうなったからには賞の名誉を汚さぬよう、さらに頑張らなくてはならない。
【講 評】
大沢在昌
若輩ながら、本年度より選考会の末席に加えていただくことになった。正直、まだ私には荷が重いとの気持を抱いて臨んだが、あっけないほど簡単に受賞者は高橋さんに決まった。つまり満票だったのである。
高橋さんは盛岡に住まわれながらも、旺盛な執筆活動をされ、かつては「雨の会」という若手ミステリー作家の中心的存在であった。その後も「みちのく国際ミステリー映画祭」、今は「盛岡文士劇」と、東北発信の文化事業の牽引車の役割を果たしておられる。
推理、伝奇、怪談、歴史と、そのジャンルは広いが、東北人作家の立ち位置に揺らぎはない。
震災で大きな衝撃に見舞われ、一時は書くことへの迷いを初めて感じておられたようだが、今は、復興の一助にならんと、執筆を再開された。
まさにその高橋克彦さんこそ、日本ミステリー文学大賞にふさわしい。
おめでとうございます。
権田萬治
高橋克彦氏は浮世絵に関する豊かな知識を生かした『写楽殺人事件』(1983年)で江戸川乱歩賞を受賞。さらに、伝奇SF『総門谷』(85年)で吉川英治文学新人賞を受賞してからは、さまざまなSF的な作品で活躍したが、やがてホラーの連作短編集『緋い記憶』で92年に直木賞を受賞している。
この受賞により、ポー以来、戦前の日本でも怪奇幻想小説として探偵小説の流れに位置づけられていたホラーが戦後初めて広く文壇的に認知されたわけで、その意義は大きい。
以後、氏は時代小説の分野でNHKの大河ドラマの原作の執筆をはじめ数多くの作品を残しているが、美術界の該博な知識を取り入れた美術ミステリーやホラーなど、ミステリーが氏の多彩な作家活動の中核となっていることは明らかで、まさに大賞を受賞するにふさわしい作家である。
受賞を機に、お住まいの東北から優れた作品を続々と発信してくださることを心から期待したい。
西村京太郎
高橋克彦さん、おめでとうございます。私が初めて高橋さんの小説を読んだのは、28年も前になります。昭和58年に高橋さんが『写楽殺人事件』で、乱歩賞に応募された時、私は審査員の一人で、その構成力と文章の上手さに驚いたものです。原稿が百枚を過ぎても殺人事件が起きないのに、ハラハラさせて読ませてしまうその力にです。
最近は、愛読者の立場で読ませて頂いていますが、時代小説で、いきなり柳生十兵衛が出てきたり、若き日の幡随院長兵衛が出てきて、びっくりしています。この小説の中で、主人公が高僧の指示で動いているというので、これは天海に違いないと思ったり、そのものぴったりで思わず喝采を叫びました。
28年前にはその若さあふれる筆力に感心し、今はその自由自在さに驚いています。今は何を書いても小説になってしまうのではありませんか。うらやましい限りです。
森村誠一
高橋克彦氏の受賞を心から喜んでいる。東北に拠点を構えて、中央を圧倒する求心力となっているのが高橋克彦氏である。担当編集者に、小説を書きたいとおもったら十年待てと言われて、正直に十年、満を持して蓄えたエネルギーは、まさに東北人の底力である。
浮世絵の研究を結実させた『写楽殺人事件』でデビュー以来の氏の活躍ぶりは、瞠目的であり、『炎立つ』で全国を席巻した。
創作領域は文芸に留まらず、みちのく国際ミステリー映画祭を主催し、文士劇を東京から盛岡へ引っ張っていってしまった。高橋氏に引かれて、盛岡詣でをした作家は数知れない。
それでいながら、自らの存在を目立たぬように、パーティーではいつも隅のほうに隠れているような謙虚な人柄は、作家仲間だけではなく、だれからも好かれている。
東北地方を襲った未曾有の大震災にもめげず、東北の精神の再建の中心的存在としてますますの活躍は疑いない。高橋氏の受賞は、これまでの貢献の当然の結果であり、甚大なダメージにもめげず、再建に向かって不屈の努力を重ねている東北人の意気を示すものであろう。高橋さんの受賞は、東北の精華の一つでもある。
【受賞の言葉】
川中大樹(かわなか ひろき)
初めて小説を書いたのは三十代半ばのとき。クスブリのままでは終われないと勝負をかけるべく目指したのが「小説家になる」ことでした。もともと文章を書くことは好きでしたし、それで食べていた時期もあったので、いっちょ本格的にやってみようか、と。決意したのは飲んだくれて朝帰りするさなかだったと記憶しています。したがって、酔った勢いで、というのも否めません。
ともあれ、執筆はその日からはじめました。人知れずパソコンに向かい、作品を仕上げては賞に応募する。創作がライフワークとなるのに、そう時間はかかりませんでした。そして「三年挑戦してダメだったら諦める」という当初の誓いも忘れてズルズルと……。
そんなしぶとさが奏功したのか、今回ようやく受賞にいたりました。ですが本当のチャレンジはこれから。いただいたチャンスを活かし、さらなる高みを目指すためにも、気概をもって書き続けていきたいですね。
前川 裕(まえかわ ゆたか)
還暦を迎えて最終候補に残った今回が、最後のチャンスだと思っていました。奇妙な言い方ですが、受賞するより、最終候補に残る方が難しいというのが私の実感です。大学に勤めながら書いてきたため、毎年の応募というわけには行きませんでした。しかし、小説を書くことを片手間の仕事と考えたことは一度もありません。アカデミズムの世界とは、異質な才能が要求される分野であることも十分に知っているつもりです。その厚い壁を突き抜けることが私の長年の夢でした。電話の前で受賞の知らせを待つ緊張感は、苦痛なものです。しかし、「おめでとうございます」という声を聞いたときの喜びはまた格別です。あの喜びの瞬間を忘れることなく、私は還暦の新人として書き続けていこうと思います。
四人の選考委員の先生方に心から感謝いたします。また、私を応援し、受賞を喜んでくれた、友人、同僚、それから過去・現在の私の学生たちにも、心から感謝の気持ちを伝えたいと思います。
【選 評】
綾辻行人
前川裕『CREEPY』に最もミステリーとしての魅力を感じた。
序盤はまず、現代の都市生活における「実像の見えない隣人」の不気味さ・怖さがうまく描かれている。離れた「点」として存在していた複数の出来事が寄り集まり、繋がってひとつの事件が見えてくる過程も面白い。主人公の造形等にちょっと首を傾げつつも、展開を予測できない気味の悪い物語にずるずると引き込まれていた。前半では小説として少々ぎこちなく思えた文章も後半に入ると安定してきて、ことに「十年後」のクライマックスでは、それが大変に美しく静謐なシーンを描き出すに至る。謎解き小説としての結構も候補作中いちばんしっかりしていて、意表を衝かれる部分も多々あった。いくつかの問題点に改良の手を加えたうえで、ぜひ世に問うてほしい作品である。
川中大樹『サンパギータ』。達者な文章で愉しくテンポよく読ませる。のだが、探偵役を務める主人公のヤクザとその仲間たちがあまりにも「善き市民」でありすぎて、どうしても「これでいいのか?」と疑問を感じてしまった。ところが、選考会で今野敏さんが「この小説はファンタジーとして読むべし」と熱っぽく主張されるのを聞いて、だったらこれもありか、と思った次第。ミステリー的な強度に物足りなさはあるものの、書ける人であることは間違いない。
戸南浩平『BALANCE』と市川智洋『伏流水』については残念ながら、積極的に推せる美点を見出せなかった。前者はこういったクライムサスペンスを三人称多視点で描く場合に陥りがちな「つまらなさ」に対して無自覚なのが、最大の難点。後者はひと昔前の社会派推理のようなテイストの作品だが、民生委員の主人公が追いかける事件の真相に目新しさがなく、面白味に欠ける。
真摯な議論の末、『CREEPY』と『サンパギータ』二作への授賞が決まったが、これは妥当な結果であると思う。
近藤史恵
まず六〇〇枚も必要ないアイデアなのに、規定枚数ぎりぎりまで書いてしまっているせいで完成度を下げているものが非常に多い。書かなくてはならないことと、必要ないことを見極めることが構成の第一歩だと思う。
『BALANCE』の作者はこの賞の常連だが、この小説には読者を牽引するものがなにもない。多視点のせいで引きつける謎もなく、描かれている狂気も嘘っぽいのに、内容の不快さだけが強い。もっと軽やかな小説の方が、この作者には向いているのではないか。
『伏流水』はまさに三五〇枚くらいで書くべき小説だった。戸田のパートはまったく必要ない。民生委員という主人公から見た世界は丁寧に書けているし、文章も前回と比べて格段にいい。ただ、あまりに小さくまとめすぎている。もう一歩、読者を遠いところに連れて行ってくれる翼が欲しかった。
『サンパギータ』はわたしには魅力を感じられない小説だった。ヤクザなのにアウトローらしさのない主人公。女性キャラは男に都合のいい人形でしかない。だが、たしかに六〇〇枚をひとつの視点で書ききる筆力はあるし、ぐいぐい読ませる力はある。「これは男性向けファンタジーである」という理解をするならば、受賞作にすることに強固に反対するつもりはない。だが、できればせめてハードボイルド的な世界を描くときに、ある種の含羞というものを忘れてほしくはないと思う。
『CREEPY』はタイトル通り薄気味の悪い小説である。文章も正直、上手いというわけではない。ただ、提示された謎のおもしろさや、主人公が遭遇する出来事の怖さが、うまく噛み合い、読んでいていちばん楽しめた。読者の予想を、少しずつ裏切っていく展開もよく、思いもかけない決着には驚かされた。ミスタイプが多いことや、不必要な性描写など欠点はあるが、候補作の中ではいちばん魅力を感じた。
結果、この二作の同時受賞ということで、同意した。
今野 敏
応募作四編を読んで、まず感じたことは、書きすぎの傾向があるということだ。プロの作家は、書くことよりも、書かないことの大切さを学ばなければならない。それがわからないということは、すなわち才能がないということだ。冷酷な言い方だと思われるかもしれないが、それがプロというものだ。
受賞作『サンパギータ』は、文章が読みやすく、登場人物同士の関係性をうまく書けている。暴力団員が主人公ということで、どうかと思ったが、リーダビリティーもあり、受賞作に推そうと決めた。今後は、こじんまりと話をまとめるのではなく、揺れ幅の大きな作品を目指してほしい。
もう一つの受賞作である『CREEPY』は、実は、私の評価は低かった。長い長い序章の後に、十年後、ようやく物語が始まったと感じて、小説としての体を成していないと思っていた。だが、他の選考委員の意見を聞いているうちに、これは私が、本格推理小説や新本格推理小説に馴染みがないせいだということがわかってきた。
綾辻行人さんが特に、この作品を推しており、それならば、と納得した次第だ。
八年前に起きた事件と同じ構造の事件が、自宅を含めた近所に存在している、というアイディアそのものは秀逸だと感じた。
『BALANCE』は、全体に過剰な描写が気になった。人質の小指切断は、あまりに悪趣味。誘拐事件の切迫した雰囲気がまったく伝わってこない。視点の乱れもある。この内容なら、視点をもっと整理して四百枚くらいでもよかったように思う。
『伏流水』は、文章そのものは読みやすかった。ただ人物造詣に特徴がなく平坦なために、物語が活き活きと動いてこない。麻薬の売人や「男」の視点はまったく不要。売人の戸田の視点があるため、謎にするべき事柄が謎でなくなっている。また、内容が乏しいのにそれをことさらに隠そうとするから、物語がなかなか進行しないような印象がある。
藤田宜永
これまでもいくつかの選考委員をやってきたし、今もやっているが、今回ほど票が錯綜して割れた選考会はなかった。選考委員の小説観の違いが如実に表れ、或る意味で面白い会になった。戸南さんの『BALANCE』の設定には無理はあるが、着想を上手に展開させれば説得力のある作品に仕上がっただろう。誘拐された女子高校生が解放された後の言動はあまりにも明るすぎる。こういうスーパー少女はアニメやライトノベルではあり得るのかもしれないが。市川さんの『伏流水』は主人公が女性の民生委員だから地味なお話だが、丁寧に書き込まれていて好感を持った。男性が女性の視点で書くのはとても難しいのだが違和感は感じなかった。しかし、ミステリーという観点から見ると、アルバム等々の手がかりの提出の仕方が性急すぎるし、ミスディレクションのやり方にも不満が残った。“男は……”という多視点の使い方は安直すぎる。せっかく女性の民生委員を主人公にしたのだから、彼女の周りに犯人らしき人間を配置し、真犯人ももっと登場させ、読者を迷わせるオーソドックスなサスペンスに仕上げる方がよかった気がする。しかし、市川さんには潜在能力があるように思える。今後の作品に期待したい。受賞作のうち、前川さんの『CREEPY』は、アイデアを強く推す選考委員がいた。確かにその通りだが、構成にもっと工夫が欲しいと思った。特に前半は説明的すぎる気がする。教え子の女子大生とのセックスシーンは不用だから、本になる前に削るべき。これは選考委員全員の意見である。もうひとつの受賞作、川中さんの『サンパギータ』は、ヤクザの親分が主人公だが、市民社会風ヤクザというか、すこぶる健全な御仁で、いささか非現実。もっとユーモラスに作るか、主人公を組長ではなく、闇の世界の周辺にいる人間にしても成立したのではないか。友人の死を巡る謎から、大きな謎が解き明かされていくのだが、その間の折り込み方に不満を感じたが、愉しく読めた作品である。川中さんは文章のセンスがありそうなので、この賞をきっかけにしてどんどん書いてもらいたい。
最後に一言、規定枚数ぎりぎりまで書く必要はない。そのせいで息切れするぐらいならその半分でもかまわない。自分の作品の寸法を測ることも作家には必要である。
10月24日「新橋第一ホテル東京」において、第15回「日本ミステリー文学大賞」「日本ミステリー文学大賞新人賞」の選考会がおこなわれ、下記のとおり、授賞が決定しました。
なお、選考委員による講評・選評は、「小説宝石」12月号(11月22日発売)及び当ホームページに、後日掲載します。
第15回「日本ミステリー文学大賞」
高橋 克彦(たかはし かつひこ)
*正賞 シエラザード像/副賞 300万円
第15回「日本ミステリー文学大賞新人賞」
『CREEPY』(クリーピー) 前川 裕(まえかわ ゆたか)
『サンパギータ』 川中 大樹(かわなか ひろき)
*正賞 シエラザード像/副賞 各250万円
新人賞は昨年に続き、2作同時受賞でした。
贈呈式は「鶴屋南北戯曲賞」とあわせ、2012年3月15日「東京會舘」にておこなわれます。
「探偵小説」は懐かしいだけ? いやいや、今もその妖しい魅力は色あせていない。本年8月、ミステリー文学資料館の編で、1938(昭和13)年の「新青年」に発表された傑作のアンソロジーが刊行されたが、作品そのものだけでなく、戦前の探偵小説本を愛好する人は多い。その独特の装幀もまた、現代にはない魅力である。
日本に探偵小説を紹介した黒岩涙香の創作『無惨』や、その涙香の独特の翻訳で話題を呼んだ『幽霊塔』は、探偵小説が日本にようやく紹介された頃、100年以上も前の刊行である。
江戸川乱歩の最初の著書である『心理試験』は歴史的な一冊だ。乱歩とともに探偵小説界を支えた小酒井不木、人気作家として多くの作品を発表した甲賀三郎と大下宇陀児、検事出身の浜尾四郎は、大正末期から昭和初めにかけての探偵小説ブームの代表的作家である。
『ドグラ・マグラ』と『黒死館殺人事件』は奇書としてつとに有名だ。『鬼火』で横溝正史は耽美的作風を確立した。戦前に数少ない本格の短編集として『死の快走船(ヨツト)』は忘れがたい。『船富家の惨劇』と『白日夢』は、戦前では珍しい書き下ろし長編募集の入選作である。そして木々高太郎は、新人ながら、昭和10年前後の探偵小説ブームの中心にいた。
新幹線も携帯電話もない時代に、探偵作家たちはどんな謎をちりばめたのか。秋の夜長に読み耽ってみるのも一興だろう。
※展示資料
9月2日の予選会で第15回「日本ミステリー文学大賞新人賞」候補作が決まりました。
予選委員は、円堂都司昭・香山二三郎・新保博久・千街晶之・細谷正充・山前譲・吉田伸子の7氏。候補作は下記4作品です(タイトル50音順)。
なお、予選会に先立ち、応募総数157編のなかから、1次予選を通過した20作品は下記の通りです(応募到着順)。
【予選委員からの候補作選考コメント】
円堂都司昭
『BALANCE』、『伏流水』は前回も最終候補に残った人たちの作品であり、選評で指摘された点を踏まえ路線を修正してきた。予選を勝ち抜いて当然の筆力だろう。やはり応募経験者による『サンパギータ』、『CREEPY』も粗さはあるにせよ、読ませる勢いがあった。
それ以外で魅力を感じたのは『モンロースマイル』。一家消失に関し、周囲が不審に思ってもあまり騒がない点に現代的リアリティがあった。だが、用意された真相がいかにも机上の空論だったのは残念。設定や謎は面白いのに、結末のつけかたが強引か早足という例は多い。物語後半の構成に力を入れてほしい。
また、過去の投稿作を様々な賞に応募し直す人が目立つ。本人は大幅に修正したつもりかもしれないが、他人が読めば特に良くなっていないものが大半だ。今年起きた大震災への言及を数行加えたからといって、過去の原稿が大化けするなんてことはない。新人賞に対しては、怠けず新作を応募してほしい。
香山二三郎
残った四篇は最終候補経験者ばかり。新鮮さには欠けるものの、他の作品と比べると語りも構成もやはり頭ひとつ抜けているんだから仕様がない。ただし残った四篇も“なりすまし”テーマのクライムサスペンスだったり、ノワールタッチの復讐活劇だったり、ちょっと似ているところがあったりする。次回応募する人は、基本作法をきっちり押さえたうえで前代未聞のアイデアを練り込んだ野心作に挑んでほしいと思う。
他の作品では、連城三紀彦タッチの多重誘拐サスペンス『無邪気な阿修羅』と、表題のレストランを舞台にした“日常の謎”系の連作もの『土曜日はチボリ』が印象に残ったが、いずれも後半の構成に難があった。それと今回は、他の新人賞に落ちたものに手を加えて再応募しましたという態の作品が目についた。オリジナリティは審査に際して重要な基準のひとつ、既応募作品はそれだけで大きな減点となりやすいので、ご用心。
新保博久
一次予選通過作のなかにすら小説未満と思われるものが二編もあって、全体の水準が心配されたが、最終候補作のレベルは低くないだろう。とはいうものの、候補作四編のなかにも、個人的には容認しがたい一編があるのだが……。簡明に表現すればいいところ、妙に難しい熟語を使いたがり、しかも板についてないのだ。他の委員の評価は高かったので、私の偏見かもしれない。予選といえども、選考委員自身もまた応募作に審査されるというのは真理なのだ。
最終に残らなかった作品では、金沢整二氏の「モンロースマイル」に惹かれた。ごてごてと事件を複雑にしたがる応募作が多いなか、幽霊船メアリ・セレスト号ふうのシンプルな謎一本で押し通すのが潔い。ただ、その謎解きが万全とはいえず、他の新人賞の予選で同作を何度も読まされて新鮮味を感じなくなっていたらしい委員を説得できなかった。
千街晶之
最終選考に残った四篇すべてが、以前もこの賞に応募した方の作品という結果になった。市川智洋氏の『伏流水』は一番古株の常連らしい手慣れた作品だが、もっと無駄な描写を削れるはず。『BALANCE』の戸南浩平氏は昨年の応募作に較べると、この人ならではの個性が乏しい気がして採点を低めにしたけれども、私以外の予選委員の評価が軒並み高かったことを思えば、これくらいアクの強さを抑制したほうがこの人の場合はいいのかも知れない。前川裕氏の『CREEPY』は、今までの応募作の中では最も上出来だが、主人公こそ違えど過去の応募作と似通った印象の作品なので、「異なったタイプの小説を書けるのだろうか」という危惧もないではない。川中大樹氏の『サンパギータ』は、新味はないがリーダビリティの高さは抜群。惜しくも最終に残れなかった作品では、土方日光氏『詭道』の凝った試みを評価したい。
細谷正充
今回もっとも気になったのは、既応募作品の多さだった。他の新人賞で落選した作品が、こちらに送られてきているのである。二重投稿ではないので問題はないが、あまりの数の多さに、いささかげんなりした。まあ、自分の書き上げた作品に愛着があるのは当然だし、何らかの事情があって落ちたと思いたくなる気持ちは分からないではない。事実、ひとりの下読みに良作が集中し、いつもなら一次を通過するレベルの作品を、泣く泣く落とすということも、ないわけではないのだ。だから、落選した作品を別の新人賞に送ることを、一概に否定しようとは思わない。
でも、できれば新作を応募してほしいものだ。長い目で見れば、それは応募者自身のためになる。だって作家になったら、常に新しい作品を書き続けなければならないのだから。
山前譲
ストーリーやアイデアでの新人らしい清新さと同時に、既刊作品と同等の文章力を求められるのが新人賞である。そのハードルはかなり高いはず……なのだが、小説をまったく読んだことがないような、粗雑な作品が回ってくると、残念だなあと思うしかない。
ましてや、以前、他の新人賞の予選で読んだ作品に出会うと、がっかりしてしまう。新しい作品でチャレンジしてもらいたいと、嘆息するしかないのである。
これは個人的な見解だが、過去を舞台とするには、相当な必然性が必要ではないだろうか。必然性もなく十年ぐらい前を舞台にしてあると、「いったい、いつ書いた作品?」と、大いなる疑問を抱いてしまうのだ。
とはいえ、小説としてはメチャクチャだと思いながらも、愛着を覚えてしまう作品がないわけではない。今回は『詭道』にちょっと未練があった。およそ現実的ではない舞台設定で、高得点はつけられないが、探偵役を含めたいくつかのキャラクターは魅力的だった。来年も応募してね、もちろん「新作」で。
吉田伸子
まず最初に、応募してくださったみなさま、お疲れさまでした。今回、二次選考に残った作品には、他賞への既応募作が複数ありました。思い入れのある作品なのだとは思いますが、新人賞への応募作なのですから、一度応募して駄目だったら、気持ちを切り替えて、別の新しい作品で勝負してもらえたら、と思います。
新人賞なのだから、try&errorでいいんだと思います。おそれず、挫けず、新しい作品に挑戦していってください。
今2011夏の節電対応としてサマータイムを実施したところ、9:30の開館が好評でした。
つきましては、10月1日より通年、従来の10:00〜17:00を30分繰り上げ、利用時間を9:30〜16:30(ただし、入館は16:00まで)とさせていただきます。
よりいっそうのご利用をお待ちします。(運営事務局)
1999年に開館したミステリー文学資料館は、2000年から2002年にかけて「幻の探偵雑誌」(全10巻)を、2002年から2004年にかけて「甦る推理雑誌」(全10巻)を編集刊行し、戦前から昭和30年代までの傑作ミステリーを、雑誌ごとに集大成いたしました。幸いにも高い評価をいただき、さらに、『江戸川乱歩と13の宝石』(全2巻)と『江戸川乱歩と13人の新青年』(全2巻)も編集刊行いたしております。
今回、それに続く新しいアンソロジーを、雑誌での区分に時代性を加味して企画いたしました。ミステリーもまた、歴史の流れと無縁ではありません。政治や経済の動向に少なからず影響されてきました。先のシリーズでは枚数の関係で収録を見合わせた中長編、随筆や評論にも注目した多角的な構成によって、そうした時代性が窺えることでしょう。
本書は1938(昭和13)年の「新青年」に注目しています。前年の7月に勃発した日中戦争によって、日本は戦時体制となりました。探偵雑誌が相次いで廃刊され、「新青年」では戦争関連記事が多くなっていきます。娯楽である探偵小説の執筆がしだいに制限されていくなか、作家たちはどう創作活動を続けていったのか。そんな社会情勢のなか、どんな傑作が書かれていったのか。存分にお楽しみください。(「まえがき」より)
収録作品は「猟奇商人」城昌幸、「薔薇悪魔の話」渡辺啓助、「唄わぬ時計」大阪圭吉、「オースチンを襲う」妹尾アキ夫、「懐しい人々」井上良夫、「『悪魔黙示録』について」大下宇陀児、『悪魔黙示録』赤沼三郎、「一週間」横溝正史、「永遠の女囚」木々高太郎、「蝶と処方箋」蘭郁二郎です。
解説は山前譲。巻末資料として、1937〜39年の「世相と探偵小説の動向」を年表にまとめました。ぜひ、ご一読ください。
香山滋[1904−75]
大蔵省に勤務していた1946年、推理小説専門誌「宝石」の第1回懸賞小説に「オラン・ペンデクの復讐」で入選、48年に「海鰻荘奇談」で第1回探偵作家クラブ賞新人賞を受賞する。「エル・ドラドオ」や「月ぞ悪魔」など、怪奇と幻想に満ちた作風でたちまち人気作家となり、いわゆる「戦後派5人男」のひとりとして精力的な創作活動をみせた。54年公開の大ヒット映画『ゴジラ』では原作を担当、『遊星人M』ほかSF小説も多い。
残念なことにこの6月27日、香山滋研究家として他の追随を許さなかった竹内博氏が急逝された。追悼の意も込めつつ、竹内博旧蔵書で、その個性的な作品世界を振り返る。
当資料館では夏場の節電対策として、サマータイムを実施します。
通常の開館時間 10:00〜17:00 を、下記の通り短縮させていただきます。
●開館時間 9:30〜16:00(ただし、入館は15:30まで)
●実施期間 7月20日(水)〜9月20日(火)
●休館日 日曜・月曜(従来通り)
午前中の、少しでも涼しいうちにご利用ください。
ご理解とご協力を、よろしくお願いします。
(運営事務局)
光文文化財団では、「読書振興のために必要な文化事業」として、新たに光文社古典新訳文庫「感想文コンクール」を、第4回の今年から主催することになりました。
中学生部門、高校生部門、大学生・一般部門それぞれに対象図書が厳選されています。
1作品につき、400字詰め原稿用紙5枚以内(大学生・一般部門は10枚まで可)。
締め切りは9月26日(月)必着。
入賞発表は12月中旬。コンクールウェブサイトおよび「朝日中学生ウイークリー」紙上。
最優秀賞1名(賞状、3万円相当の図書カード)
優秀賞1名(賞状、2万円相当の図書カード)
審査員特別賞1名(賞状、1万円相当の図書カード)
*各部門共通
学校協力賞10校(コンクール対象図書21冊セット)
参加賞(応募者全員に特製クリアファイル、ただしお一人様一点)
第14回日本ミステリー文学大賞の大沢在昌さんが、〈新宿鮫〉シリーズの記念すべき第10作『絆回廊』(税込1,680円)を光文社より刊行されました。
親子、恩人、同胞、上司、組織……それぞれの「絆」が新宿の街に交錯したとき、人びとは走り出す。鮫島は、悲劇の連鎖を食い止められるのか?
「感傷」から「絆」へ──大沢在昌の世界展(イベント情報参照)では、『絆回廊』の生原稿はじめ、秘蔵写真パネル等を展示しています。ぜひ足をお運びください。
日本ミステリー界の始祖にして巨星である江戸川乱歩。
そんな乱歩を敬愛する当代の人気作家たちによる、"乱歩小説”を集めた傑作アンソロジーが刊行されました。
乱歩ファンにも、乱歩をさらに楽しんでみよう思う方にとっても、読み応え充分の一冊です。
「日本ミステリー文学大賞新人賞」は14回目にして、初の2作同時受賞。
贈呈式・祝賀会(3月17日)を前に、受賞作が光文社より刊行されました。
ぜひ、ご一読ください。
『煙が目にしみる』(「ハッピーエンドは嵐の予感」改題)
石川渓月
──大人よ、意地を張れ。負け犬では終わらない、終われない。ネオン街の片隅で起こった、タフでハートウォームな大反撃(オビより)
『大絵画展』
望月諒子
──容易に展開を予測させない、サスペンスフルなコンゲームストーリー。並々ならぬ才気と意気込みを感じる。綾辻行人(オビより)
受賞者
大沢在昌
選考委員講評(写真左より権田萬治・森村誠一・阿刀田高・逢坂剛の各氏)
阿刀田高
ハードボイルドに憧れた青年が
――よし、小説家になろう――
と強く願った日々があったにちがいない。
必ずしもデビューは恵まれてはいなかったろう。が、新人賞ののちの努力が、この作家の資質をみごとに開花させた。やはり当人がハードボイルド系の作品を愛して、愛してやまなかったからだろう。読者が本音でなにを好むか、この作家の体が知っていた、と私は思う。『新宿鮫』を始めとして刮目して見るべき作品が多い。作家として第一人者であるばかりか、推理小説の世界を活性化させるための配慮も行き届いている。一つには日本推理作家協会の理事長その他の立場で果たした業績が目立つが、それだけではない。同業者の支援や新人の育成など、良識ある主張もこの人ならではのものだ。今回の授賞は文句のないところ、心からお喜びを申し上げたい。大沢さんおめでとうございます。
逢坂剛
大沢在昌さんは、二十代前半の若さでデビューして以来三十有余年、今日までハードボイルド派の旗手の一人として、精力的に作家活動を続けてきた。当初は〈永久初版作家〉などと、自虐的なセリフを吐いた苦闘の時代もあったが、一九九〇年代前半に『新宿鮫』でブレイクしてからは、つねに先頭集団に占める位置を譲ることがなかった。日本推理作家協会の仕事についても、平理事の時代から実質的に協会を引っ張り、その発展に寄与貢献した。今日の協会の隆盛は、大沢さんに負うところが実に大きい。
また理事長在任中も、二〇〇七年に六〇周年記念事業を成功させるなど、その功績はとどまるところを知らない。さらに、みずから大沢オフィスを立ち上げ、作家の仕事に新しいビジネスの可能性を求めるなど、出版界にも多大の刺激を与えた。そうした業績を勘案すると、大沢さんの受賞はまことに時宜を得たものであり、中堅や若手の作家の励みになるに違いない。
権田萬治
大沢在昌氏は若き調査員佐久間公が探偵役として活躍するハードボイルド作品から出発したが、『新宿鮫』(一九九〇年)によって、警察小説に新しい地平を切り開いた。
ロバート・パーカー、デニス・レヘインなどのアメリカの私立探偵小説では、孤独な主人公が圧倒的な力を持つ巨悪と戦うために、あえて暴力的な人間と手を組むという傾向が強まったが、大沢氏は、警察内部に留まりながら、警察権力の腐敗と凶悪な犯罪者という二つの敵に対して困難な戦いを挑む新しい個性的なヒーローを作り出したのである。
現在、日本では警察小説ブームが続いているが、その中でも氏のこれまでの一連の作品は一際輝いて見える。
その後、氏は視野を国際的に広げ、次々とサスペンス豊かな作品を発表し、推理界に新しい刺激を与え続けている。
まさにミステリー文学大賞にふさわしい作家であり、今後の一層の活躍が期待される。
森村誠一
大沢在昌氏の受賞によって、本賞の位置は不動のものとなった感がある。
大沢氏の推理文壇に対する貢献は、いまさら言うまでもない。その経歴を見ても、まさに受賞の機は熟した。そのキャリアと共に、いま最も輝いている作家にこそ、本賞はあたえられる。
だが、功なり名遂げた方に対する功労賞とは異なり、受賞を発条として、さらに大きな飛躍が期待される作家に対する授賞として、大沢氏と出会えたことはまことに喜ばしい。大沢氏の受賞によって、本賞もさらに発展するであろう。受賞者と賞の出会いが、まさにジャストミートした形である。
受賞者・本賞の今後のますますの発展が期待される。
受賞作(2作同時受賞)
『ハッピーエンドは嵐の予感』石川渓月
『大絵画展』望月諒子
選考委員選評(写真左より石田衣良・近藤史恵・藤田宜永・綾辻行人の各氏)
綾辻行人
望月諒子『大絵画展』を推す。
すでにプロの作家として複数の著書を持つ人なので、さすがに小説を書く技術は安定している。才気も意気込みも感じる。冒頭からするりと物語に引き込まれ、少なからず存在する問題点もさほど気にならないまま、たいへん愉しく読み通せた。プロなのだからこのくらいは書けて当然、というような声もあったけれど、ここはあくまでも、一次・二次の予選を経て最終選考まで上がってきた一応募作品として、書き手のキャリアは度外視して評価するべきだろうと考えた。
とある世界的な名画の行方を巡ってのコンゲーム小説、と云ってしまって良いだろう。瑕瑾はいろいろ指摘できるものの、達者な文章で綴られるストーリーは容易に先を読ませずサスペンスフル。読み手に与えるストレスとそのリリースの案配がとても優れているうえ、洒落っけたっぷりの外枠が読後感の良さに貢献しているのも美点だと思う。
戸南浩平『青の彼方へなお遠く』。アイディアやプロットは悪くないし、「謎→伏線→解決」というミステリーの手法について意識的な姿勢も評価したい。のだが、主人公の十一歳女子の造形が度を越して「オヤジ的」である点に強く難を感じた。狙いは分からないでもないけれど、この失敗は厳しい。
市川智洋『明日への飛翔』は、嫌な云い方になるが、「小説になっていない」と思えた。三人称多視点による群像劇を描くには、基本的な技術と筆力が足りていない。そのため、ありがちなB級アクション映画の原案、というふうにしか読めなかった。
石川渓月『ハッピーエンドは嵐の予感』。この手の和製ハードボイルドに対する個人的な好き嫌いの問題はさておくとして、ここまでミステリー度の低い小説になると、どうしても僕は首を傾げざるをえない。が、「これも広義のミステリーとしてOK」という話なのであれば、あまり強硬な反対もできない。リーダビリティの高さは認めるところなので、『大絵画展』との二作同時授賞に賛成することにした。
石田衣良
今回は実力伯仲、ということはどの候補作も決定打に欠ける印象だった。題材はそれぞれカラフルで、プロットも練りこんでいるのだが、それを支える筆力が弱いというのが全般的な欠点。作中で扱う世界を削りこみ、リアルな手触りを描ければ、スリルも迫真力も増したのになあと惜しい気がした。
『青の彼方へなお遠く』
この作者は最終選考の常連だ。賞に手を届かせてあげたいと、関係者はみな思っている。女児殺害にかけられた一億円の懸賞金を巡る物語はスピーディで、読んで面白い。けれど探偵役の小学校五年生のヒロインとホームレスの会話は始終滑り気味で、台詞はどちらも完全に中年男性のもの。そろそろ女と男のコンビ探偵の型を捨てたほうがいいのでは。次回作に期待します。
『明日への飛翔』
細菌テロを女性精神科医が阻止するプロットはハリウッド風。ヒロインの専門性はまったく生かされない。女ランボー張りに身体を張っていく展開についていくのが困難に。ロケットから放たれた病原菌入りのカプセルを空中で捕獲する。それも東京上空で、趣味でダイビングをかじった程度の女医が……。アイディアが先行しすぎた結果、惜しくも作品まで空中分解してしまった。
『大絵画展』
ゴッホの名画一枚のために、コンテナひとつ二千億円分の絵画を盗み出す。設定は痛快で、実行犯の落ちぶれた男女との対比が切ない。ダイナマイトの使用法やなぜこのふたりが選ばれたのか、その理由は定かでないが、筆力は安定し最後には大絵画展という華やかなエンディングも用意されている。ぼくも同時受賞に反論はなかった。
『ハッピーエンドは嵐の予感』
福岡中洲の盛りを過ぎた街金業者が組織暴力団に挑むどこかで読んだストーリー。主人公がマムシで、自殺した親友はハブ。おまけに敵の組織の幹部の名は大政小政。これは古いなあと思っていたが、案外しっかり面白い。語りに熱量があって、つぎつぎと事件をつなぐ腕も達者。これまでの受賞作とはまったく異なる個性で票を集め、賞に届いた。おめでとう。
受賞者のおふたりにひと言。新人作家の生き残りは、ますます厳しくなっています。なんとか最初の五冊を出すまでは、石にかじりつくつもりで精進してください。
近藤史恵
『明日への飛翔』はロケットの知識などはおもしろく読んだものの、登場人物が作者の駒に過ぎない。主人公が自滅的な行動をとるが、その言い訳に無闇に枚数が割かれる。言い訳より不自然な行動をさせない方が重要である。また群像劇なのに、章が切り替わってもすぐに誰の視点かわからないのは大きな問題。悪とされるキャラクターが浅いのも気になった。
『青の彼方へなお遠く』はユーモアを含んだ文章のうまさ、読みやすさはあるが、大人びた少女にもホームレスにもリアリティが感じられない。インパクトの強いキャラクターを作ることにとらわれず、作者が深く掘り下げられる人物を描くべきだ。「この作者の世界」が強く感じられるのは魅力でもある一方、それを一度壊して踏み出さなければ、前進はないのではないか。最後に登場人物のひとりがほとんどすべてを語って終わらせるというのも稚拙である。
『大絵画展』はプロだけに、複雑な構成の作品をうまく作り上げている。既存の事件や絵画をうまくアレンジする力もある。ただ、構成が複雑なだけに、力の入った部分と粗雑な部分の差が歴然としすぎている。最後にあまりにすべてをまとめてしまったところも疑問は残る。タイトルのイメージをうまく裏切るあたりはとてもおもしろいし、構成力も候補作の中では頭ひとつ抜けている。ただ、読者は単に「うまくまとまった作品」を読みたいわけではない。そこがこの作者の課題ではないか。
『ハッピーエンドは嵐の予感』は古くさい作品である。しかし、このしょぼくれた中年男の物語には不思議な清潔感と魅力がある。登場人物たちが、それぞれ「自分の正義感」を持っていて、それがひとつにまとまらないところなどとてもいい。ただ、やはり小説として「新しい試み」は必要だ。でなければ読者にとっても新人の作品を読む意味がない。
図抜けた作品がなく、受賞作なしも考えたが、比較的美点の多い二作を受賞作とすることにした。
藤田宜永
『青の彼方へなお遠く』は文章のセンスを感じる作品だが、面白い話を作ろうとするあまり総花的になりすぎた。認知症、記憶喪失といった訳が分からない人≠利用する場合は特に扱いに気をつけてほしい。
『明日への飛翔』を読んで思ったのは、アイデアは面白いが、これは映画の原案だと。上手な監督、脚本家に任せたら、面白いものに仕上がる気がしたのだ。しかし、小説としてどうなのか、と考えると、登場人物、場面等々の描き方に不満を感じた。大団円で主人公が危険をおかしてスカイダイビングをするが、そうせざるをえない動機がよく分からない。先にスカイダイビングのシーンが頭に浮かんだとしても、それまでの主人公の動きに納得できるものがないと、いい意味で読者を騙せない。
今回は受賞作が二作品となった。
『大絵画展』の作者はすでに何作かの作品を世に出しているプロだそうだ。さすがにプロだから文章には安定感があった。以前の作品は読んでいないが、今回の作品は作者の小説観や資質に合っていないと感じた。徹底的なコンゲームにすればもっとすかっとしたドラマになった気がする。この方は、大がかりではない作品でもって、読者をつかむことができるかもしれない。
もうひとつの受賞作『ハッピーエンドは嵐の予感』は、極めて古風な作りの小説である。味わいは違うが、竹内力主演の『難波金融伝・ミナミの帝王』の博多版といってもいい人情ハードボイルド。候補作の中で、この作品が一番安定して読みやすかった。しかし、欠点は、地上げ屋時代の主人公の悪さにはまったく触れられていないこと、なぜ、メロンというオカマに心が動いたのかが不明……といくつもある。ユーモラスな小説にもぴりっとした毒があった方がより作品に厚みがでると思った。
日本人或いは日本で生まれ育てば、誰でも日本語ができる。ピアノを弾く、絵を描く、アニメや映画を作るよりも、小説ははるかに入りやすい分野だ。誰もが小説を書け、それを発表する場もある。それは裾野が拡がっていいことだが、お手軽な分だけ、落とし穴もある。アニメ、ゲーム、映画などなど……面白い物語はいくらでも見つけられる。応募者が問われるのは、なぜ活字で勝負をしたいのかということだ。小説家になりたいのか、小説を書きたいのか、もう一度原点に立ち返って真面目に考えてもらいたい。
*両賞の詳細は「小説宝石」12月号に掲載されています。
第14回 日本ミステリー文学大賞 *詳しくは「賞について」をご覧ください。
第14回 日本ミステリー文学大賞新人賞 *詳しくは「賞について」をご覧ください。
「小説宝石」11月号に、下記の通り第14回「日本ミステリー文学大賞新人賞」の予選通過作品が告知されています。

タイトル青色の4作品は最終候補作品
*
最終選考結果は「小説宝石」12月号に掲載予定
7月2日、東京・神楽坂の「日本出版クラブ会館」において、上記「お祝い会」が催されました。
およそ150名の方々が駆け付け、会場は超満員。
1960年に「感傷の効用――レイモンド・チャンドラー論」でデビューされ、その後今日まで、ミステリーを中心に多彩な評論活動をつづけておられる権田萬治さんは、3月31日まで、当資料館の館長でもありました。
会の発起人は、大坪直行、小鷹信光、島崎博、夏樹静子、森村誠一(50音順)の各氏。
まず新保博久氏が、運営事務局を代表して会の趣旨説明。
つづいて森村誠一氏のスピーチ、夏樹静子さんからの記念品贈呈、宮部みゆきさんからの花束贈呈がありました。


これを受けて、権田さんからのお礼の言葉、島崎博氏による乾杯とつづきます。
記念撮影ののち、しばし歓談。
「荒野の七人」のテーマが流れるなか、逢坂剛Vs霞流一両氏による早撃ち対決と、大沢在昌Vs北方謙三両氏のマシンガントーク(?)で、会場は大盛り上がり!
あっというまに時は流れ、小鷹信光氏の結びの言葉で終会。
作家・評論家・編集者・権田さんの教え子など、各方面の方々が和気あいあいと過ごされ、権田さんのお人柄そのままの、たいへん楽しい会となりました。
お待たせしました。
好評の『シャーロック・ホームズに愛をこめて』に続く、決定版ホームズ贋作集第2弾が刊行されました。
不景気な英国から日本に出稼ぎにきたホームズが、難事件を鮮やかに解決する赤川次郎の「絶筆」、妊婦たちが探偵になって謎に挑む、ユーモアあふれる松尾由美の「亀腹同盟」など、日本の作家ならではの趣向を凝らしたホームズ譚です。
英国の作家コナン・ドイルが生み出した名探偵シャーロック・ホームズの活躍する冒険譚は、世界中で支持を受けています。
そのコナン・ドイル生誕150+1年を機に、彼を愛する日本人人気作家によるパロディ/パスティーシュを集めたのがこの一冊。
7月には『シャーロック・ホームズに再び愛をこめて』と題する第2弾のアンソロジーも刊行が予定されています。
第1弾は、おかげさまで売れ行きも好調とのこと。どうぞご一読ください。
資料館から新たに刊行された上・下2冊です。
汽車、汽船、乗合バスなどさまざまな乗り物を、事件の舞台や小道具として取り入れた、戦前の懐かしい探偵小説の、個性的な短編を精選し、収録したのもです。
現代のミステリーとは違う独特の探偵小説の魅力を伝えるものになっています。レトロな味わいをご堪能ください。
もう一つの開館10周年記念行事として企画された館内展示「『新青年』の作家たち」も10月17日からスタートしました。
大正9年(1920年)1月、博文館から創刊された雑誌「新青年」は、戦前の江戸川乱歩、横溝正史、小栗虫太郎、夢野久作など数多くの探偵作家が活躍した雑誌として知られています。最初は若者の修養雑誌として編集されたこの雑誌はミステリーに詳しい編集長森下雨村の手で、次第に戦前の探偵作家の登竜門に生まれ変わって行きました。
そこに発表された長編の名作の多くは戦後再刊され、短編も何冊ものアンソロジーに収録されています。そういうわけで、雑誌の名前はミステリー・ファンの間ではよく知られていますが、この雑誌は、現在では所蔵している図書館が限られており、たとえ所蔵していても、そのほとんどがマイクロフィルムでの閲覧しか認めていないので、現物を目にする機会は非常に限られています。
ミステリー文学資料館では、特別コレクションとしてこの「新青年」400冊を極美本で所蔵するとともに、一部を1階の開架書棚に配置し来館者が手に取って読めるようにしていますが、今回の館内展示は、資料館のコレクションをもとに、当時の雰囲気を伝えるモダンな雑誌の表紙、探偵趣味の濃厚な挿絵などのほか、同誌に連載された小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』、横溝正史の『鬼火』などの初版本、また、同誌の編集長を務めた作家水谷準の日記などを展示しています。
文字通り幻の雑誌でもある戦前の探偵小説雑誌「新青年」の魅力的な世界をどうぞお訪ねください。
展示期間は来年の2月の13日までです。
開館記念イベントとして10月から11月にかけて毎週土曜日に9回連続で開催されるトーク&ディスカッション「『新青年』の作家たち」の第一弾「江戸川乱歩」が10月3日の午後、資料館地下会議室で開かれました。
講師は名張市立図書館の『江戸川乱歩リファレンスブック』(3巻)を編纂した気鋭の江戸川乱歩研究者の中相作氏。
当日は神奈川近代文学館で「大乱歩展」がオープンした日でもありましたが、予定どおり参加者で会場はいっぱいになりました。
中氏は、乱歩が『幻影城』の「探偵小説の定義と類別」の中で、「探偵小説とは、主として犯罪に関する難解な秘密が、論理的に、徐々に解かれて行く径路の面白さを主眼とする文学である」としている点について、「難解な謎でなく、秘密となっているが、説明のところでは謎とも書いている。これはどうしたことか。最初から謎でも良かったのではないか」と問題を提起するとともに、「乱歩の処女短編『二銭銅貨』などを読んでも、これが探偵小説なのかどうか、と思うような側面がある。乱歩の『探偵小説四十年』は、ファンにとっては、いわば聖典のようなものだが、記憶違いなどもあって、けっこう誤りもある」と指摘、、会場からは、「二銭銅貨」の当時の受け取られ方などさまざまな質問や意見が出され、小研究会らしい雰囲気に包まれました。
7月9日のニュースで、「斜め屋敷」模型が8月7日に台湾での展示のため搬出される、とお伝えしましたが、模型の搬出のみ中止となりました。
そのため、「斜め屋敷」模型は会期終了の8月29日までご覧いただけます。
どうぞご来館ください。
ご好評を頂いている島田荘司展ですが、8月7日(金)に、以下の3点が、台湾で開催される島田展のために撤去されます。
したがって、斜め屋敷模型その他をご覧になれるのは、搬出のための準備も含めて8月5日までとなります。
どうぞそれまでにお越しください。
昭和と大正の探偵小説に関心を持つ研究者、愛読者にとって実に便利で役に立つ雑誌の書誌が刊行されました。
日外アソシエーツから出版された山前譲編、ミステリー文学資料館監修の『探偵雑誌目次総覧』です。
これまで、戦前の探偵小説の作品や評論について調べようとしても、まず、雑誌や本が図書館などになかったり、かりに掲載誌がわかっても何年の何月号かわからなかったりということが多くありました。現在では、ミステリー文学資料館が戦前・戦後の有名な探偵雑誌・推理雑誌などを収集保存しており、また、さまざまな国公立図書館や大学図書館などでも、収集する動きが盛んになっています。そういうわけで、その時代の雰囲気を感じながら当時の雑誌を読むこともかなり可能になっています。しかし、どんな作家がどんな雑誌にいつ執筆したかについては、これまでは、1950年代に探偵小説年鑑に掲載された中島河太郎の「日本探偵小説総目録」、「探偵小説研究評論目録」くらいしか手がかりがありませんでした。
その意味で、今回の『総覧』は実に便利な本です。「探偵趣味」、「ぷろふいる」、「探偵文学(シュピオ)」をはじめ「宝石」(岩谷書店)、「ロック」など戦前・戦後の有名な探偵・推理雑誌35誌約1,200冊の目次をすべて収録しており、それぞれが、どんな雑誌だったかについての解説、小説はもちろんのこと、評論、随筆、座談会などの内容細目もわかるようになっています。
また、執筆者から雑誌名と掲載号を調べることも執筆者名索引で引けば簡単にわかります。
探偵雑誌の目次を正確にこういう形で書誌学的にまとめることは、実は大変な労力が必要です。まず、これらの雑誌そのものがなかなか図書館などに所蔵されていないことで、ミステリー文学資料館にもない資料がたくさんあります。そのため、まず、当該雑誌のある場所を突き止め、それぞれの内容を実物で確認しなければなりません。その手間が本当に大変なのです。
もう一つ、便利なのは、取り上げられている雑誌を資料館が所蔵しているかどうかが一目でわかるようになっている点です。
これらの探偵・推理雑誌は公共図書館では所蔵していないことが多いので、まず、資料館にあるかどうかをチェックしてから他の図書館に当たる方が効率的ですが、この『総覧』のおかげで資料館になければ、例えば国会図書館や神奈川近代文学館、あるいは三康図書館などに当たるということが可能になりました。
ただし、戦前の有名な雑誌「新青年」の目次はこの『総覧』には収録されていません。
その最大の理由は、余りにもデータが膨大なためです。
「新青年」に掲載されている作品については、『新青年傑作選5読物資料編』(立風書房、1970年)の中島河太郎「『新青年』所載作品総目録』や「新青年」研究会編の『新青年読本全一巻 昭和グラフティ』(1988年)」の「『新青年』全巻総目次」、『幻の探偵雑誌10「新青年」傑作選』(光文社文庫、2002年)の山前譲編「『新青年』作者別作品リスト」などを参照して頂きたいと思います。いずれも資料館で所蔵しております。
『総覧』の編者山前譲氏は、ミステリー研究家で、文庫の解説やアンソロジーの編纂者として広く知られておりますが、特に書誌学的研究が専門で、2003年には、江戸川乱歩の蔵書に関する新保博久との共著『幻影の蔵』で日本推理作家協会賞を受賞しています。また、資料館の運営委員でもあります。
海外には例えば、Michael.L.Cookの Mystery, Detective and Espionage Magazines(1983年)やAllen.J.Hubinの Crime Fiction A Conprehensive Bibliography 1749〜(1989〜)など有名な雑誌・単行本の書誌がありますが、この『総覧』もそれに劣らぬ優れた労作といえます。
なお、この『総覧』約900ページ、定価は1万9千950円で、個人が購入するには値段が少々高いかも知れませんが、研究者には必携の書誌と思います。
資料館にはレファレンスの棚に2部置いてありますので、是非手に取って、ご活用頂きたいと思います。(権田萬治)

さる10月21日に赤坂プリンスホテルで開かれた笹沢左保氏の7回忌のパーティーの席上、笹沢佐保子夫人から光文文化財団の並河良理事長に対し、ミステリー文学資料館に笹沢左保氏の全著作(文庫本を含む)と遺品の一部を寄贈したいとして、その目録が手渡されましたが、12月3日、これらの資料がご自宅から資料館に搬入されました。資料館ではこれらの資料を特別コレクションとして大切に保存するとともに目録を作成して、利用者に役立てるため、作業を進めています。
ミステリー小説の楽しさの一つに、「犯人当て」があります。
本書は江戸川乱歩が関わった〈犯人当て小説企画〉からセレクトした短編を収録しています。
木々高太郎、鮎川哲也、山村正夫、土屋隆夫、水谷準らミステリーの名手が作り上げた挑戦状に、ぜひみなさんも挑んでください。
2009年1月には、続刊として、『江戸川乱歩の推理試験』の発刊が予定されています。そちらもまた、お楽しみに。
ミステリー文学資料館では、このほど、戦前の探偵小説の主要な発表舞台となった雑誌『新青年』の揃い全400冊を古書店から購入しました。『新青年』は、1920年(大正9年)1月から戦後の1950年(昭和25年)7月まで、400冊発行され、江戸川乱歩が処女短編の「二銭銅貨」を発表したのをはじめ、小酒井不木、小栗虫太郎、夢野久作、木々高太郎、横溝正史、大下宇陀児など戦前の日本を代表する探偵作家が優れた作品を執筆、また、多くの海外ミステリーを翻訳紹介したことで知られる雑誌です。しかし創刊されてから90年近い歳月を経た現在では、この雑誌が全冊が保存状態のいい形でほぼ揃いで見つかることはまず、ありません。
資料館では、古書店などを探し、343冊そろいのものや、戦前から昭和15年までの222冊そろいのものなどがあることは確認しましたが、今回購入したものは、400冊の内、大正10年3月発行の第2巻第3号と同第2巻8号が欠号でコピーとなっていますが、残りは極めて保存状態のいい極美のもので揃っており、26ある付録の内21が付いています。
国会図書館や神奈川近代文学館なども『新青年』は所蔵していますが、入館者はマイクロフィルムしか利用できませんし、付録はないようです。
資料館では、1階開架書棚にすでに『新青年』を利用できるように並べてありますが、初期の発行分は、復刻版、また、その後の発行分はかなりのものが、表紙が取れたりしているなど、保存状態が余り良くなく、また、欠号が目立っていました。今回の特別コレクションの購入は、この空白を埋めるものですが、コピーなどによって破損、損傷などがひどくなる恐れがあるため、書庫内に保存し、館長の特別許可が出た場合にだけ、利用して頂くことになります。コピーや閲覧は原則としてこれまでの開架書棚にある資料をご利用頂きますが、研究・評論などでどうしても現物で確認したい場合などに、特別許可によりご利用頂ける道が開けることになったわけです。
最後にお願いですが、欠号分の『新青年』をお持ちで、お譲り頂ける方が居られれば、どうぞ資料館にご一報ください。よろしくお願いします。